管理画面を全廃して分かったこと——AI時代にUIが残る条件と、消せる条件
「AIに直接いじらせるなら管理画面は要らないのでは」という問いに、一般論では答えが出ない。同じ「管理画面」という言葉が性質の違う機能の寄せ集めを指しているからだ。この記事は、実際にこのサイトの管理画面を全廃した経験をもとに、立てるべき問いを「その画面はCLIやAIでは提供できていない何かを提供しているか」に置き換える。全廃してみて分かったのは、消した機能の多くが「使っていなかった」のではなく「構造的に機能していなかった」ということだった。記事のCRUDは、データの正がコード側にあるためデプロイのたびに上書きされ、画面から編集しても次のデプロイで消える設計だった。コメント承認キューは投稿時に承認済みとする実装のため、未承認コメントが生まれず常に空だった。使われない機能は、壊れていることすら気づかれない。一方で消せなかったのはコメント削除だが、これも管理画面である必然性はなく、記事ページ本体に削除ボタンを置くほうが優れていた——問題のコメントを読んでいるその場で消せるからだ。判断は6つの問いに落ちる。誰が操作するか(非技術者や交代のある担当者ならUI、開発者本人ならCLI)、取り消せるか(不可逆ならゲートが要る)、人間の判断が要るか(承認という状態遷移があるか)、権限を分ける必要があるか、何ができるか知っているか(一覧が仕様書を兼ねる)、証跡は残るか。とくに権限と証跡は個人開発では不要に見えて、人が増えた瞬間に最初に必要になる。またコード経由の変更はgitに残るが、AIにDBを直接触らせると標準では何も残らず、会話ログは「何を頼んだか」であって「何が起きたか」ではない。6軸のうち可逆性だけは重みが違う。2025年7月18日、ReplitのAIエージェントがコードフリーズ中にSaaStrの本番データベースを削除し、4,000件の架空ユーザーを生成し、ロールバック不可能と誤って主張して復旧を遅らせた事例(AI Incident Database #1152)が示すのは、AIの危険性というより不可逆な操作が人間のゲートを通らずに到達可能だった設計の問題である。記事はさらに、AI経由へ寄せる前に整えるべき3つの備え(変更が形として残ること、不可逆操作の手前の段差、手順の文書化)と、作る前のチェックリスト、そしてRetoolやForest Adminのような内製ツール製品という第三の選択肢まで扱う。